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2009年07月31日

寝倒すことの正当性

非常に絶妙な問題である。

線引きが難しいし、確信も持てない。

最終的な判断は自身に委ねられる。

後悔だけはしたくない。

そういう休日もあるのだ。

でも、もはやこれは一昨日の話だ。
posted by hito at 02:31 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名前で1時間。

題名をつけるのは難しい。
絶妙なバランスを要す。

私が愛する競馬ゲーム「ダービースタリオン」
愛馬に名前を付ける際、平気で30分以上悩むことはまれではない。
そこら中の書物を漁ったり、食品の成分表を睨めたり、科学書を引っ張りだしたり。
とにかく悩ましい時間である。
私はこういった場で、直感とかインスピレーションの神様を信じないようにしている。
それらの多くは、自分の暮らしとはかけ離れたところで起きたものを、都合のいいように捉えているに過ぎないからだ。
それもほどほどではあるのだけれども。

名前、あるいは題目は大変だ。

アルバムのタイトルがその中のある1曲のそれと同じだったり、
アルバムの最後の曲がシングル曲だったり、
それはそれはがっかりするものだ。
新しい発見を一つ減らされたようなものだ。
後者に至っては、数ヶ月前から物語の結末をばらしてしまっているようなものである。

よくあるなにがしコミュニティの質問トピックスのタイトルが、
「教えてください!」
「質問です!」
「誰々が・・・」
だったりすると、もう悶絶してしまう。
それらの多くはありがちな質問であったり、発展性に乏しいものであるものがほとんどであることは言うまでもないだろう。
ついつい開いてしまうが、そのほぼ全ては開くまでもない内容である。
中身を先に言わねばなるまい。

日記のタイトルならば、
「ついに」
「ようやく」
「とうとう」
「始まりました」
がそれに当たろう。
気持ちはわかるし、自分もちょっと前まではたまにうっかり使っていた。
気持ちはわかるが、なんとも残念なタイトルである。だいたい中身が伴わない。
下手。そう言われても仕方がない。
会話の中で、やけにもったいぶったわりに、結局対したことのないオチ
でがっかりさせられるあの感じだ。自意識過剰ともとれる。
第一、いの一番に出てくる言葉が副詞だなんて、なんとも主張がないと思われても仕方がないのだ。

だからタイトルは難しい。
文面を通して、こころの底からそう思っていることが感じられれば概ね問題はない。
文章を読んで、この人は「ついに」を言いたくて仕方がなかったのだなあと感じるのならそれは良い。だが、多くの場合そうではない。
ついに「テストが終わった」ことが言いたかったパターンばかりだ。
でも、その出し惜しみは見え透いていて陳腐である。
そんな私も、自分を顧みて反省ばかりである。

名前は大変だ。
だから、時間をかけよう。
posted by hito at 01:48 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2009年07月30日

タマネギを炒める

「タマネギって、凄いよね。」
みたいな話は、しばしば出てくる。

本当に凄いやつだ。

どうやったって、凄い。

主役であり、立役者あり・・・。なんでもだ。



タマネギを炒めると、気持ちいい。
なんだかよくわからないけれど、嬉しくなってくる。
これから始まる調理と、それを食うことに、絶対的な安心感がある。
俗に言う、鉄板である。

タマネギを炒めているあの気持ちいい感じは何かに似ている。
ここではそれを明言しない。
いつか言える日が来るだろう。

タマネギは気持ちいい。
posted by hito at 00:30 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする