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2010年04月27日

順番ドラマ

一人目

五人目風に言うならば、非常に陳腐な論理になり兼ねないが、ドラマとは順番、順序、段取りが生み出す妙である。
批判を一切受け付けたくない、受けるとそれは崩壊するという前提で展開する。

音楽アルバムにおいて、各楽曲の良し悪しを凌駕する要素として曲順は存在する。
野球を盛り上げる重要な要素として、打順がある。
仕事は段取り、なんていう言葉もある。

あるべきところに、あるべき出来事が起こるから、それはドラマティシカルを帯びる。

素晴らしいアルバムは、素晴らしい曲順で構成されている。
作曲行為において、これは何曲目にくるかという前提は必須である。
極論、1曲目と最終曲が素晴らしければ、それは素晴らしいアルバムである。
近代、膨大な曲数を1台のプレイヤーに収めることも可能なため、シャッフルだ何だ、好きな曲だけ聴くという行為は割合一般的になっているのだろうが、私の場合、いざ再生してみると、本来の曲順はやはり意識される。数曲が一つの集合体としてみなされる感覚はいまだ根強い。この曲は何曲目か。そういう導入は避けられない。

イチローが1番打者である必然性、2番になったときの妙、3番になったときの頼もしさ、4番に居座った時の前向きな違和感。
これほど個が強烈な存在でも、順番からくる心の挙動は避けられない。
バース、掛布、岡田。
王、長嶋。

他に華麗な例が浮かばないのが実に情けないが、順番が生み出すドラマは枚挙にいとまがない。
むしろ、歴史上人間は順番にドラマを見出そうとしているといっても過言ではない。

何かが2つあればもはやドラマは始まる。
ポルノ写真と男の顔で、映画が出来上がるのと一緒だ。

ひたすら段取ったときの爽快感。
段取りを操作するときの快感。
それはドラマ誕生に立会う幸福だ。
いつもいつも順番ばかり考えて生きるのも、それはそれで十分ドラマチックである。

順番ばかりが巻き起こり、その連続がドラマティシーだ。

一行一行、文字の羅列が続くのも、ドラマティシーだ。

順番は避けられない。



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弁当

一人目

北海道人は「べ」にアクセントを置く。

弁当は美味い。

のりごはんが晩飯だったらどうしよう。

幕の内も、どうだろう。

単品系も、どうだろう。

持って帰ってきた弁当の具たちを温めるために、皿に移し変えて電子レンジでチンした。焦げてしまうからだ。
そして、箱に詰めてある、その意義を知る。
その先には行けなかった。

最近の宮崎あおいは最高だ。
最高オーラが出ている。
posted by hito at 02:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2010年04月25日

日曜日が終わる

一人目

日曜日は、街から仕事オーラが消える。とても穏やかなムードを感じる。これはきっといつか科学的に解明される。誰かがしてくれる。やらないなら俺がやる。

日曜日の22時くらいの電車は大概がら空きである。
だから、日曜日の仕事の帰りは好きとは言わないが、嫌いじゃない。
私は常々、電車通勤は一つの職業だと思っているから、その一仕事の負担が小さいのはとてもありがたい。
嫌いじゃない、は、ありがたい、だ。

だが、依然車内の空気は重い。
皆さん、私服を身に纏い、絶望的な表情で爪先あたりを見つめている。
かわいそうに。


日曜日が日曜日ではない、こんな私でも、帰ってテレビをつければあっという間に日曜日気分になれる。
日曜日の夜の番組は侮れない。11時にやっているやつだ。ニュースも良い。
日曜日気分があれば、ビールのうまさは2倍になる。

やはり、日曜日の夜は嫌いじゃない。
posted by hito at 22:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする