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2013年02月27日

DIY

池上彰に言わせれば、

DIYは

Do It Yourself

「自分でやって下さい」

だそうだ。

やはり説得力が違う。
posted by hito at 22:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年02月23日

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1人目

その昔、昔々、交通手段と言えば馬車だった時代、道に溢れる馬糞の処理が問題になっていたそうだ。

道端に転がるふんの大群はとても邪魔だ。歩行者は常に足元注意である。
臭気問題もある。
一体どうやって処理してくれようか、と人々は頭を悩ませたに違いない。

一体、誰がやるんだ。誰もやりたくない。
そういうところに仕事は生まれる。らしい。
馬糞処理のノウハウを構築し、財産を築いたも者もあろう。
田畑に還元させた者もあろう。

みんなが頭を抱える問題を巧みに捌き倒すやつはヒーローになれる。
だから、当時は馬糞ヒーローが、馬糞処理ヒーローが存在し、その数は増え続けていったと想像される。

ところが、産業革命が起き、文明開化勃発により、人々は馬車から馬を引いてしまった。
馬は自動になった。

自動は糞をしない。

道端に自動糞が溢れて臭い、なんてことはなくなってしまった。

馬糞処理のノウハウは、活躍の場を失った。
馬糞処理ヒーローもまた、活躍の場を失った。

諸行無常、盛者必衰である。

馬糞処理への腐心は、自動の誕生によって綺麗に処理されてしまったのである。

馬は糞をするものだ。
だから、道端には必ず糞が落とされ
る。
糞道の出来上がりだ。
道を道たらしめるためには、糞道から糞を取り除かなければならない。

誰だって、そう考えるはずだ。

まさか、馬を自動にすり替えてしまえば良い、とは思わなかっただろう。

せいぜい、処理技術の向上、糞の少ない餌を用意、品種改良により糞の少ない馬を誕生させる、といった範疇でしか考えていなかったのではないだろうか。

数多の糞の層の上に敷かれたアスファルトの上で、私はそう考えている。
馬糞問題を、まさに一掃した自動。
根本から問題を解決、いや、問題にもしない状況が出来上がってしまった。
これぞ発明だ。と唸ったもんである。

しかし、私はまた別なことも考える。

自動になったのは馬の部分だけであり、それに乗っている人間は変わっていない。

馬の糞は世の中の道から消えた。
しかし、人間のものは消えない。
だからサービスエリアがある。
あれがないと、結局道端である。

もしあの当時、馬のサービスエリアが驚異的な充実をみせていたら。
もし、馬の排泄のタイミングを完全に掌握し、うまい具合にサービスエリアを配置していたら。
我々は思わぬ文明の足踏みをしていたのかもしれない。

自動は生き物ではない。
けれど、元生き物を燃やして走っている。
人間は元生き物を燃やして走る自動に乗る現役の生き物である。

高速道路は、サービスエリアがないと止まれない。
東海道線は、走り出したらなかなか停まらない。

馬車ならば、馬と一緒にさあどうぞ、である。

車が空を飛んだって、我々の問題は変わらない。
posted by hito at 15:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2013年02月21日

はて

写真.JPG

posted by hito at 20:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする